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【粗筋】首切り島の一夜【感想・考察】~彼に捧げる最後の小説~

作品情報

作者:歌野晶午
出版社:講談社文庫

雑感

良くも悪くも独創的。

典型的なクローズドサークルミステリーと思いましたが、そうではありませんでした。被害者そっちのけで登場人物は自分たちのことに必死です。
結果、推理も何もなく、犯人が唐突に明かされて物語は終了。その後、どうなったかも不明です。

面白いかどうかと言うより意味が分からない。これは何の小説だったんだ。

ミステリーではありますが、王道の推理を求める人は絶対に読んではいけません。なまじタイトルにすごく興味をそそられるだけにガッカリ度も半端ないと思う。

一方で考察のしがいはあるんですよね。まるで試験問題で「本書の意味を答えなさい」と聞かれている気分になりました。それだけ謎だもん。

後でも言いますが、真のテーマは「作中作」であり、そこに謎のすべてが隠されています。

自分なりに小説の楽しさを見出せる人にはオススメかもしれない。色々な意味で玄人向けの作品です。

粗筋

楽しい旅行になるはずだった。

久我陽一郎はふとした偶然と娘の懇願が重なり、母校の同窓会に参加することになる。
学校には良い思い出がなく級友との再会にも興味はない。ところが、予想と裏腹に彼らとの交流は楽しく、忌み嫌っていた母校の話も苦にならなかった。そして、いつのまにか同窓会の常連になっていた。

そんなある日、今年の同窓会でかつての修学旅行を再現した旅行をしようとの話が持ち上がる。
きっと楽しい旅行になるに違いない。参加しない道理はないだろう。

こうして彼は意気揚々と同窓会に向かったのだった。これが最後になるとも知らずに。

登場人物

1人1人の設定が非常に濃い。
被害者含めると9人の過去から現在までの人生を詳細に書いています。

  • 夫と離婚するまで続けた妊活の末に産んだ一人息子が犯罪を犯したことに絶望する女性
  • まともな交友関係を築けないまま今に至るも同窓会で初めて友人ができたことに喜ぶ男性
  • 全てを自分のモノにしなければ気が済まず、同窓会もその手段として利用する女性

など、善人と悪人が入り混じった生々しい人生を存分に楽しめます。学生時代との変化が本作の楽しさの1つなのかもしれません。

ちなみに事件とは何の関係もありません。正直、何を読まされているんだと思ってしまった。

事件

友人が死んだのに事件に興味がない

最後まで他人事で笑ってしまう。友人が死んでんねんで?

一向に事件が始まらないをネタにした作品は読んだことありますが、一向に事件に向き合わない作品は初めて見た。
警察の聴取も面倒くさそうにしていますし、唯一事件の話をした(面白半分ですが)登場人物は不謹慎だと殴り倒されます。推理小説の常識がぶち壊されちまったよ。

いや、落ち込んでいる人もいるんですけどね。ですが、そういう人も回想では自分語りしかしていません。何やねん。
被害者のあまりの空気っぷりにシュールギャグ味を感じてしまった。

もちろんクライマックスなんてものもありません。敢えて言えば、久我陽一郎の死体発見がクライマックスです。
最初から最後までミステリー小説のセオリーから逸脱しており、もはや訳が分かりません。

そんなこんなで推理小説としては全く楽しめませんでした。そういうのを期待するのはやめましょう。

作中作の再現をした謎多き小説

久我陽一郎の章で分かりますが、プロローグとエピローグは彼の書いた小説が元になっています。

かつて彼が学校に恨みを抱いた末に書こうとした推理小説。実在の教師をモデルにして殺しまくる中二病の結晶とも言うべき作品でした。
もっとも所詮は若気の至りですので完成に至らずに数枚だけ書いて挫折しています。

それを小説に落とし込んだというわけ。要するに作中作ですね。
ただし、それにしたって謎が残ります。なぜ数ページしか無い状態から作り上げたのでしょうか。

作中作そのものだけでなく、作中作を残した意味。その考察こそが本書のテーマなのだと思います。

考察

ここからは本作は何なのかを考察していきます。

以降はネタバレ防止のため伏せておきます。読む前に自分なりに作中作の意味を考えてみてください。それが本書の楽しみ方です。

久我陽一郎の作中作について

本書は久我への手向けとして書いた小説だと考えられます。根拠はエピローグで死亡していた生徒・鳥飼雄吾です。

実はこれはアナグラムになっており、鳥飼雄吾を並べ替えると久我陽一郎になります。つまり、死んだ生徒は久我のことでした。

真相を知った作者が彼の生きた証を残そうと考えたのかもしれません。

もっとも久我は僅か数ページしか書いておらず、このままでは作品になりません。そこで級友たちの半生を差し込むことで体裁を保つことにしました。
このアイデアは作中でも述べられています。別に事件を推理する必要はなく、唐突に犯人が明らかになっても問題はないのです。

もう少し突き詰めて考えてみます。作中作である以上、登場人物の中に作者がいるのではないでしょうか。

もちろん久我ではありません。プロローグはそのままでしょうが、エピローグは久我以外の誰かが改編しています。何しろ久我の死を知っているのですから。

では、誰か。これには僕なりの答えがあります。江藤の章で久我に作品のアイデアを出した人物がいますが、その際にアナグラムとして登場させてほしいと願い、久我は「小島健太」と答えたのです。

ところが、このアナグラムに該当する人物は分かっている限りでは1人もいません。謎の人物が存在したのです。

意図的に誰が話したか曖昧な書き方をしていますが、久我と江藤と「小島健太」の少なくとも3人で会話しているのは間違いないでしょう。
もしかしたらアナグラム以外の解法があるかもしれませんが、僕の頭では分かりませんでした。

和田先生以上に久我の小説に熱心なので、彼のために代筆しても不思議ではないでしょう。
いったい誰が書いたのか。もしかしたらこれを知ることで実際の事件も思わぬ真実が見えてくるかもしれません。

まとめ

一見するとまとまりのない意味不明なミステリー小説ですが、作中作と考えて読むといくつもの謎が浮かんできます。
果たして答えは何なのか。考え過ぎなだけで単純に歌野先生がそれっぽく書いただけなのか。

正直人にオススメできる作品ではありません。しかし、読んだ後の考察が終わることはなく、なぜか強く印象に残りました。

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