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作品情報

作者:呉勝浩
出版社:講談社文庫
販売店:

雑感

東京全土を巻き込んだ連続爆破事件。
そのスケールに目を奪われますが、本筋は人の持つ倫理観への問いかけでしょう。

事件を通して、人々は自分の中の正義と本能を天秤にかけます。
なぜ大衆に合わせないといけないのか。なぜ不自由を強いられなければいけないのか。

情報化が進み、人々の善意や悪意をよりダイレクトに受けられるようになった現代。

そんな時代でも人は人でいられるのか。正気でいられるのか。
我々読者への答えのない問いかけが本作に込められていました。

粗筋

中年の酔っぱらいスズキタゴサクの取り調べ。事件とも言えない内容ですぐに終わると思われていた。
しかし、唐突に霊感があると言いだし、直後、彼のいうような爆発が発生。

彼はこれで終わりではないと言い出し、警察との対話を望んだ。
明らかまテロリスト行為。しかし、当の本人は記憶喪失で私は何も知らないと嘯く。

このままでは大勢の人が犠牲になってしまう。
爆弾の発見、そして、事件解明のため、特捜部の清宮と類家が怪物に挑むことになった。

刻一刻と迫る時間。果たして人々を爆弾から守ることができるのか。

登場人物

登場人物に感情移入しにくい

人物こそ多いですが、主役はいません。

あくまで本作は「テロに翻弄される人々」という社会全体の話であり、誰か1人を深堀するわけではないのです。

等々力は過去に因縁がありますが、話にはちょい役程度にしか絡みません。
視点が目まぐるしく変わり、各々の正義が問われることになります。

命題
  • 関係のない人間は死んでもかまわないのか
  • 無責任な人間を守るために命を懸ける必要がどこにあるのか
  • 殺したい人間に憎しみをぶつけて何が悪いのか
  • 対岸の火事だと面白おかしく騒ぎ立てることは罪なのか

本作は法と秩序に疑問を投げかける意欲作になっています。

以上のことより、主人公など特定の人物に感情移入したい人には向いていない小説と言えるでしょう。

スズキのインパクトがすさまじい

では、人物に魅力は無いかと言うとそういうわけでもありません。
「事件」の項目で詳しく話しますが、犯人のスズキがとにかく不気味で仕方がない。

飄々としているように見えて、何かを諦めた黒い感情が隠れていました。

得体の知れない怪物。そんな彼が本作の面白さを何倍にも跳ね上げています。

事件

知能戦に挑み、爆弾の場所を暴け

場所が目まぐるしく変わりますが、メインは取調室。
特捜の2人とスズキタゴサクの知能戦に多くのページを割いています。

見た目はただの中年なのに異常に弁が立ち、底の見えない怪物。

一方的に話すスズキに特捜の2人は翻弄されます。
それでも彼の内面を暴き、爆弾の場所や事件の全容を把握しなければならない。

小さな取調室で東京全土を巻き込んだ知能戦が繰り広げられるのです。

難敵とのディベートを好む人におすすめの展開。勝ちの目が全く見えてきません。

爆弾事件の動機に迫る

一向に見えてこない犯人の動機。
なぜこんな大規模なテロリスト行為をするのか判然としません。

そもそもスズキについて何も分からないのです。
当日までの行動はもちろん、スズキの本名や生まれ、何をしている人間なのか全て不明。そもそも本当に犯人なのかもはっきりしません。

あらゆる情報すべてを隠すスズキに不気味さを感じるのは当然と言えるでしょう。

スズキの動機が分かった時、この事件の全容が分かった時、あなたはどういった気持ちになるでしょうか。
つまらないと断罪するのか。同情するのか。怖がるのか。

本作は動機の解明がすべてです。それをどう感じかを作者はあなたに問うているのです。

クライマックス

中盤のスケールの大きさに比べると、ややスケールダウンする感は否めません。
また、ほとんどの登場人物が報われているとはいいがたい状況。

どうやってもハッピーエンドにはなりえない。そう覚悟したうえで読んでください。

モヤモヤした感じを残したくない人には向いていませんね。

まとめ

メッセージの強い傑作。
刑事小説としては微妙ではありますが、動機をテーマにした作品としては間違いなく面白い。

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