目次
作品情報
作者:下村敦史
出版社:徳間文庫
粗筋
無罪判決を出し続ける異端の判事
「無罪病判事」
刑事裁判の有罪率99.7%が常識とされている現代において、15件もの無罪判決を言い渡す異端の判事が法廷をかき乱していました。
無罪と言えば良いですが、喜ぶ者はほとんどいません。
- 検事は有罪を取れずに打ちのめされ
- マスコミや国民は犯罪者を野放しにするのかと糾弾し
- 他の判事らは恨みを買うことに恐れ
よく考えればおかしな話です。冤罪の可能性もあるのに誰もが有罪を疑いません。
有罪率の高さは捜査官の優秀さを示す数値であり、誇るべきものでしょう。
しかし、100%ではない。無罪の可能性を捨てて良いわけではない。
無罪病判事は「疑わしきは罰せず」を原則として、少しでも疑問点があれば無罪を言い渡していたのです。
逆転裁判をやってると無罪が多いものとばかり思いますが、実際は違うんですなあ。ナルホド君すげえわ。
無罪病判事と語らい、法とは何かを模索する検事
健司の大神は担当裁判で3回の逆転無罪を受けた「被害者」の1人でした。
有罪が当然の裁判において、無罪判決は検事としてのキャリアを傷つけることになります。
打ちひしがれて辞職も考えていた矢先、彼の人生を大きく揺るがす4回目の裁判が始まりました。
看護師がヤクザの組長を殺害したと見られた事件で無罪判決を言い渡した直後、無罪病判事は意識を失い、法廷を去ることになったのです。
その後、認知症と診断され法曹界への復帰は絶望的になります。
彼に苦汁をなめさせられていた検察や他判事は安堵します。誰もが望む結末となったのです。ただ1人大神を除いて。
4度の無罪判決を受け、もはや検事として未来はありません。
だからこそ彼は無罪病判事の真意を知りたいと願いました。
なぜ多くの敵を作ってまで無罪を言い渡すのか。そこにどんな信念があるのか。
彼はそれをどうしても確かめたかったのです。
4回目の事件に隠れた大きな謎
大神が無罪病判事と話そうと考えた直接のきっかけは「4回目の事件のその後」にあります。
無罪となった容疑者の看護師はその後、組の人間に射殺されていました。
もし本当に彼が無罪だったなら捕まえた警察と検事が殺したようなものだ。大神はその罪滅ぼしをしなければならない。
己の信念を見つめなおした大神はマル暴の熊澤に協力を仰ぎ、事件の調査に乗り出します。
そこにあったのは思いもよらぬ真実だったのです。
トリック
法律をテーマにした優秀な参考書
本書では2つの法律的なテーマがあります。
- 有罪率99.7%の刑事裁判
- 成年後見制度
知的障害・精神障害・認知症などによってひとりで決めることに不安や心配のある人が、いろいろな契約や手続をする際にお手伝いする制度(厚生労働省のページより抜粋)
今回、判事が認知症になったことで、その妻が成年後見制度に申し込みをしました。
ただ、これが中々に厄介な制度でメリットばかりではありません。
本筋の事件とは別に成年後見制度の内容についても詳しく書かれています。
作者の思想は偏っておらず中立的に書いているので偏見を持たずに勉強できました。
リーガルミステリーとして本当に面白い。
検事・判事・警察それぞれの法に対する議論が面白い
認知症となった判事も法についての記憶は残っています。
大神はそんな元判事と意見を交わし、日本の法のあり方を考えていくことになるのです。
ミステリーそのものも良いですが、各立場の人たちの意見交流がワクワクしました。
推理小説で判事の意見を聞くことは中々ありませんからね。
クライマックス
あっと驚く展開ではないですが、きれいに解決して後味は最高です。
思った以上に事件が深いのも良い。
一癖も二癖もある登場人物ばかりですが、それぞれが確固たる信念で動いているのが良いですね。
まとめ
リーガルミステリーの傑作。
本書を読むまで知らない知識も増え、ちょっとした参考書としてもアリでした。