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【感想・考察】幸せな家族~そして、その頃流行った唄~

※考察はネタバレを含むため、次ページに記載

作品情報

作者:鈴木悦夫
出版社:中公文庫
販売店:

雑感

童話のような流れで進む児童文学。これは確かに子供向けと言えます。

事件自体は単純。犯人はどう考えても1人しかありえない。
動機もそこまで深く考える必要はないでしょう。

語り手となった少年の心情を生々しく表現した作品であり、分かりやすく不気味な内容でした。

なんだろうな。心にトラウマに似た何かが残るんだよな。

登場人物

中道省一

連続不審死事件の唯一の生き残り。
極端に飽きっぽい性格ではあるものの感性はいたって常人

省一の独白だけで構成された小説。とはいえ、彼自体に癖がないというか無個性なので、一般的な地の分と比べても違いはありません。

子どもらしい感情はあるんですが、絶妙に頭のネジが飛んでいるんですよね。
じゃあ、異常者かと言うそんなこもとなく。むしろ怖いくらいに常人。

だからこそ本作品の不気味さが増していると言えます。コイツは結局なんだったのか。

事件

「そしてその頃はやった唄」になぞらえて中道家が次々と死んでいく連続不審死事件。
冒頭で語られているように省一以外は全員が亡くなっています。

しかし、事件自体に意外性はありません。真相を知ればなんだそんなもんかと。
複雑な内容もなく、淡々と人が死んでいく話なのです。そうとしか言えない。

非常に分かりやすい不気味な小説。ダークな児童小説として子供たちを惹きつけるのは間違いありません。

ミステリーを求めて読む作品ではない。そもそもジャンルもさっぱりわからない。
しかし、気づけば読む手が止まらなくなり、読後に何とも言えない感情が渦巻く作品でした。

考察

クリックで表示(ネタバレ注意)

結果的に唄をなぞらえた凄惨な事件だが、分解してみると間違いなく「幸せな家族」をモデルにふさわしい家族だったと言える。

  • 姉を守るため事故を殺人に偽装して死んだ父
  • 家族を誰一人疑うことなく死んだ兄
  • 身内が犯人だと気づき心を病んだ母
  • 最後まで弟を案じ、唄の完遂を手伝った姉

誰もが家族の誰かを案じ続けている。
そして、小説の後書きでも書かれている通り、省一を実行役として家族全員で唄を実現させている。壮大な家族ぐるみの合作なのだ。

省一は刺激的な毎日と自責の念ですべてを自分の仕業と言っているが、彼が悪意を持って明確に殺したのは友人だけだ。こうみると彼だけあまりにも可哀想ではある。

それ以外は家族による誘導や自責の念、あるいは偶然に過ぎない。省一自身もまた家族のために動いていたのだ。

もちろん客観的にみれば極悪非道な連続殺人事件だ。中道家は史上最悪の不幸せな家族として報道され続けるだろう。

しかし、少なくとも家族愛は存在していた。疎まれている兄も母から愛を注がれていた。
いらない人間は1人もいなかったのである。

世間一般の認識とは裏腹に実際はどこにでもいる普通の家庭。
それなのに実際に起こった凄惨な事件。

どこまでもチグハグな現実が本書の不気味さを引き立てている。

なお、撮影スタッフ目線で見ると、また違った怖さがある。
最初は本当に「幸せな家族」を撮影していたが、連続不審死事件を受けて「不幸せな家族」撮影に変更。

色々な理由を付けて最後まで中道家に付きまとっている。
良心の呵責はあるようだし、善意も丸っきり嘘でもない。

しかし、中道家を利用して、お金を稼ごうとしているのもまた事実。
果たしてこの事件でもっとも悪なのは誰なのか。いまだ答えは出ない。

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