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【粗筋】死命【感想】~癌に侵された刑事と犯罪者~

作品情報

作者:薬丸岳
出版社:文春文庫

雑感

面白い。警察の使命に殉ずるか、それとも己の欲望に殉ずるか。
同じ病に侵されながら全く逆の道を進む2人の行く末に興味が尽きません。

やや個性的ではありますが、刑事小説として非常に面白かったです。
内容的にどうしても後味は悪くなりますが、それもまた推理小説の醍醐味と言うものでしょう。

粗筋

死期を悟り、己の殺人衝動を開放する榊伸一

若くしてデイトレードで億万長者になった伸一。
何不自由なく生きていける成功者となりましたが、女性への殺人衝動に悩まされていました。

今はまだ理性で押しとどめていますが、段々と抗うことが難しくなっていく日々。
そんな時、スキルス胃がんで余命幾ばくも無いと医師に宣告されます。

どうせ死ぬのなら最後に自由に生きたい。
こうして彼は理性のタガを外し、快楽殺人鬼に変貌することになるのです。

死に恐怖し、それでも警察として生きる蒼井

妻を亡くし、娘や息子との接し方にも悩まされている一家の大黒柱。
そんな中でも刑事としての責務を果たすべく、身体に鞭を打って生きてきました。

しかし、そんな彼をあざ笑うかのように末期がんを宣告されます。
自分は長くない。子ども達を置いて死んでしまうのが怖い。

それでも自分は刑事としての責任を全うしなければならない。
最後の仕事として、蒼井は連続絞殺事件の解明に挑むのでした。

トリック・事件

謎解き要素はないが、時間制限が緊張感を産む

犯人が分かっており、証拠も割と残しているので謎解き要素はありません。
警察の考える犯人像とズレており、それが捜査を難航させているだけなのです。

蒼井だけは刑事の勘で着実に伸一に近づいています。
しかし、彼には時間がありません。自分の命が尽きる前に逮捕しなければならないのです。

それは彼だけの話ではない。伸一が死んでしまっても罪を償わせることができなくなります。
刻一刻と迫る命の終わり。

どんなに弱りながらも最後まで動く2人の男の物語が切なくも熱い。

彼ら影響される周囲の人間のその後が興味深い

蒼井と伸一の決死の行動は周囲にも影響を与えます。

  • 伸一と両想いの澄乃
  • 蒼井のバディである矢部

近しい人ほど大きな変化が現れ、人生も変わっていきます。
しかし、その変化は両者で大きく異なります。

奪い続けるだけの伸一、与える続ける蒼井。真逆の影響力が本当に面白い。

そらどんな理由であれ、快楽で連続殺人を犯す伸一が良い影響を与えられるわけがありませなからね。
献身な澄乃があまりに憐れで泣けてきます。

クライマックス

死の淵で2人が見た最後の景色とは

ラストでは伸一も蒼井も病魔で天寿を全うすることになります。
同じように苦しみ、それでも己の決めた事に殉じた2人。

彼らが最後に辿り着いた景色は何なのか。
後悔か。悲しみか。喜びか。

大長編のラストにふさわしい内容となります。

殺人衝動の根源が明らかになる

なぜ伸一は快楽殺人鬼になり果てたのか。
彼のルーツを知ることで、その一端を知ることができます。

蒼井とバディの矢部は最後の最後でそれを突き止め、因縁の地で伸一と対峙することになります。
果たして伸一の悪意は先天的なものだったのか。それとも後天的なものなのか。

壊れた男のみじめな人生をお楽しみください。

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