作品情報
作者:下村敦史
出版社:講談社文庫
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雑感
雪山の転落事故をテーマにした作品。
登攀の知識がふんだんに盛り込まれており、山岳ドラマとして申し分ありません。
また、真山と樋口の友情に深く切り込むヒューマンドラマとしても完成度が高いです。
一方でミステリーとしては半端な印象を受けました。
遺体の発見場所が雪山なので、証拠もなければ証人もいない。
樋口の影を追う中でいつのまにか真実が判明するため、推理要素はないと思った方が良いでしょう。
粗筋
転落事故でクレパスに置き去りにした親友の樋口。
10年越しに真山は樋口の遺体を回収しようとしますが、彼は明らかに年老いていました。
あの時の転落事故直後は死んでいなかった。ならば、再び死ぬまで樋口は何をしていたのか。
骨の髄まで山男である樋口が行く場所は山しかありえない。
真山は人脈を駆使して、樋口に似た人間が登った山を突き止めようとします。
なぜ彼は正体を隠してまで山を登ったのか。
なぜ再び死んでしまったのか。これは事故なのか。それとも。
真相が分かった時、樋口の純粋な想いが真山の心を揺さぶるのです。
登場人物
最高のクライマーだが、不愛想な山男の樋口。
そんな彼の技量に魅了された真山。
この2人の出会いからすれ違いまでを克明に描いています。
特に真山と出会ってからの樋口の変化が読んでいて本当に楽しい。
一匹狼の彼がなぜ真山を相棒と認めてくれたのか。
関係が断絶した後、樋口はどんな心境でいたのか。
主人公こそ真山ですが、焦点は常に樋口にあてられていると感じました。
事件
目撃情報を待つ以外にできる調査が無い
クレパスに落ちても生還していた樋口。
その彼が再びクレパスに落ちて死ぬまでの行動を真山は調査します。
と言っても登山仲間の情報を待つだけで真山にできることはありません。
仕事やプライベートに時間を使う中で、少しずつ仲間から情報が集まってきます。
なので、捜査自体は基本的に受け身で、真山の足で情報を集めることは少ないのです。
また、頻繁に時間軸が変わるのですが、現在の時間軸の話は実はそんなにありません。
結果として、事件の謎そのものに向かい合う時間も少ない。
総じてミステリー要素はおまけと思った方が良い内容でした。
真山と樋口の熱い友情に心が打たれる
熱い。こんなにも2人の間に信頼が築かれていたのか。
一匹狼の樋口の心を溶かし、共に山を登る相棒となった真山。
お互いにとってそれぞれがかけがいのない存在であり、それ故にある出来事をきっかけに関係が解消されます。
しかし、それでも2人にとって相棒は1人しかいない。
7年越しの再開で関係がギクシャクしてしても、常に相手のことを考えている。
そして、樋口が死んだ後もそれは変わりません。
2人の山を通じた固い結束に心が揺さぶられる作品でした。
山男としての葛藤を描く
常に危険と隣り合わせの山登り。
仕事やプライベートを犠牲にすることもありました。
すべてを捨てて山に人生を捧げた樋口は良かったでしょう。
しかし、プライベートも大事にしていた真山は葛藤することになります。
仕事を優先するのか。恋人を優先するのか。山を優先するのか。
そんな山登りを生業とする人特有の悩みも本書に克明に描かれていました。
山登りをしている人はいろいろと共感できる内容が多いでしょう。
クライマックス
樋口のすべての想いが真山に届けられます。
樋口が何を感じ、何を想い、そして、何を成そうとしたのか。
それを真山は知ることになるのです。
悲しみは思ったよりありませんでした。ただ、樋口という男の生き様に感動したのは間違いありません。
なぜ樋口は同じ場所で死んでいたのか。その真実を知り、真山は何を想うのでしょうか。
まとめ
男の友情に感動するヒューマンドラマ。
山岳小説としても読みごたえがあるが、ミステリー要素は弱い。
時系列が頻繁に入れ替わるため、その辺は読みにくかったです。